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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(オ)577号 判決

上告人 国

代理人 藤井俊彦 篠原一幸 藤村啓 鳥居康弘 東條敬 高須要子 浅野克男 ほか二名

被上告人 松田破魔男 ほか三名

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人柳川俊一、同鎌田泰輝、同藤村啓、同金丸義雄、同河澄安、同高橋欣一、同布村重成、同石塚欣司、同山田道生、同中山和男の上告理由について

一  原審の確定した事実関係は、(1) 松井辰夫三等陸曹(以下「松井三曹」という。)は、昭和四〇年九月六日午前九時一〇分ころ、陸上自衛隊第七通信大隊装備の四分の三トントラツク(以下「本件事故車」という。)を運転して北海道千歳市上長都先国道三六号線を東千歳駐屯地から真駒内駐屯地に向け進行中、道路中央線上で先行車を追越したのち進路を元にもどそうと左に転把したところ、降雨でアスフアルト舗装が湿つていたためスリツプしてハンドル操作が不能となり、斜行状態のままブレーキもきかずに本件事故車を左側路肩を越えて道路下に転落、転覆させた、(2) このため、本件事故車の荷台に設置されている折畳式長椅子に座つていた松田眞壽夫三等陸曹「以下「亡眞壽夫」という。)は、車外約五メートルの地点まで投げ出され、頭部打撲、脳挫傷の傷害を負い、同年一一月一二日午後八時五五分脳幹部損傷により死亡した、(3) 亡眞壽夫は、第七通信大隊本部中隊長関口哲夫二等陸尉の命により本件事故車に同乗し、第一一通信大隊に通信機材借用に行く途中で本件事故に遭遇したものである、(4) 本件事故車は、天蓋のない武器運搬車として製造されたものであるが、人員及び貨物輸送をその用途とするものとして検査、登録されており、人の乗ることを予定して荷台の内側両側に折畳式長椅子が設置されていたが、乗員の安全を保つための座席ベルト等の設置はなく、後端部は床面から高さ約〇・五メートルのあおりがあるが、その上方には〇・九メートルの高さの所に布製ロープが横に一条張られているのみで、本件事故当時は床面から高さ約一・五八メートルの四本の鉄製幌骨で支えてあつた幌も荷台の後端部までは被覆されていなかつた、というのである。

原審は、右のような事実関係を前提として、(1) 亡眞壽夫は、上司の命により公務に従事中、松井三曹の運転操作の誤りにより本件事故車が路肩を越えて転落、転覆し、そのため荷台後端部から車外に投げ出されて受傷し、死亡するに至つたものとみるのが相当である、(2) 上告人の公務に従事する者に対する安全配慮義務は、場所、施設若しくは器具等の設置管理、勤務条件の支配管理について公務員の生命、身体に関する危険を保護するよう配慮すべき義務にとどまらず、右の支配、管理を受けて公務に従事する者をして業務遂行上必要な注意義務を尽くさせて、危険の発生を防止すべき義務でもあるから、右のとおり松井三曹が現に運転業務上の注意義務を怠り危険が発生した以上、上告人において安全配慮義務を怠つたものというべく、転落、転覆時にも乗員が車外に投げ出されないような設備を施すべき義務の有無を論ずるまでもなく、上告人は亡眞壽夫の被つた損害を賠償すべき責任があるとし、被上告人らの上告人に対する本訴請求を一部認容した。

二  ところで、国が公務員に対して負担する安全配慮義務は、国が公務遂行にあたつて支配管理する人的及び物的環境から生じうべき危険の防止について信義則上負担するものであるから、国は、自衛隊員を自衛隊の車両の公務の遂行として乗車させる場合には、右自衛隊員に対する安全配慮義務として、車両の整備を十全ならしめて車両自体から生ずべき危険を防止し、車両の運転者としてその任に適する技能を有する者を選任し、かつ、当該車両を運転する上で特に必要な安全上の注意を与えて車両の運行から生ずる危険を防止すべき義務を負うが、運転者において道路交通法その他の法令に基づいて当然に負うべきものとされる通常の注意義務は、右安全配慮義務の内容に含まれるものではないというべきである(最高裁昭和五五年(オ)第五七九号同五八年五月二七日第二小法廷判決・民集三七巻四号四七七頁)。

これを本件についてみると、原審の確定した前記事実関係によれば、松井三曹は車両の運転者として道路交通法上当然に負うべき通常の注意義務を怠つたにすぎないものというべく、そのことから直ちに本件事故につき上告人に安全配慮義務の不履行があつたとすることはできない。これと異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、更に審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 横井大三 伊藤正己 木戸口久治 安岡滿彦)

上告理由 <略>

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